今回は、『おんな城主直虎』で登場する『井伊谷三人衆』近藤康用・鈴木重時・菅沼忠久について紹介したいと思います。

特に、高橋一生さん演じる小野政次との関係も気になるところです。

大河ドラマ『おんな城主直虎』では、政次が今川から井伊に戻って来た際に、同じく目付としてやって来る3人ですが、後に重要な位置付けになるんですよね。

 

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井伊谷三人衆とは

 

井伊谷三人衆とは

 

もともと、近藤康用鈴木重時菅沼忠久は遠州浜名湖の沿岸部を有する領主でした。

この辺りの領主は、今川氏寄りの考え方で、忠誠心も強かったといいます。

 

しかし、結局は3人とも徳川方へ離反したのでした。

その3人が井伊谷から徳川氏へやってきた事により、『井伊谷三人衆』と呼ばれる武将達となったのです。

 

今川氏への忠誠心が強かった3人をどうやって徳川方へ引き込む事が出来たのか・・・

 

それは、徳川家康の作戦でした。

徳川家康は、遠州(静岡県西部)へ侵攻する計画を立てていたのですが、浜名湖沿岸の領主達が、侵攻の障害になると思っていました。

 

徳川家康は、桶狭間の戦い以降、今川氏から松平氏に帰属した菅沼定盈(すがぬま さだみつ)を使って、懐柔工作をしました。

 

その菅沼定盈によって、一族の菅沼忠久を松平氏に取り込む事に成功してからは、菅沼忠久が縁戚の鈴木重時を呼び、更には近藤康用まで取り込む事に時間はかかりませんでした。

 

そうして家康は、井伊谷より曳馬城(浜松城)へ攻め込む事に成功したのです。

徳川家康が遠州への侵攻が成功したのは、井伊谷三人衆のおかげだと言っても過言ではないでしょう。

 

侵攻するルートも、もちろんこの3人のアドバイスがあり、その通りに攻める事によって成功したのですから。

では次に、その『井伊谷三人衆』を紹介したいと思います。

 

近藤康用・鈴木重時・菅沼忠久

 

それでは、その『井伊谷三人衆』を簡単に紹介したいと思います。

近藤康用

近藤康用・鈴木重時・菅沼忠久

画像引用元:http://www.oricon.co.jp/news/2087886/photo/10/

 

近藤康用は1517生まれで、父は近藤忠用。

父の忠用と共に、今川氏の家臣として仕えていました。

 

正室は黒田久綱の娘、または鈴木六郎三郎の娘。

桶狭間の戦い後、弱体化していく今川を不安視するも、鈴木重時の助言もあり、引き続き今川氏真に仕えます。

 

しかし、1568年には鈴木重時と共に、徳川軍に従う事となります。

 

鈴木重時

 

近藤康用・鈴木重時・菅沼忠久

画像引用元:http://www.oricon.co.jp/news/2087886/photo/12/

 

鈴木重時は1528年(?)生まれで、父は鈴木重勝。

正室は奥山朝利の娘。

 

父の重勝は、今川義元の家臣であった井伊直盛に仕えていました。

桶狭間の戦いでは、父と共に今川勢として参戦します。

 

鈴木重時の娘は菅沼忠久の正室となっている事もあり、その娘婿の菅沼忠久から徳川軍へ一緒に寝返る事を説得され、それを承諾します。

 

それから近藤康用も説得し、一緒に徳川軍に加わる事になります。

そして徳川軍として、遠州侵攻の道案内をする事となりました。

 

菅沼忠久

 

近藤康用・鈴木重時・菅沼忠久

画像引用元:http://www.oricon.co.jp/news/2087886/photo/11/

 

菅沼忠久の父は、都田菅沼氏2代目、菅沼元景。

正室は、鈴木重時の長女。 

 

永禄11年、遠州侵攻を計画していた徳川家康に加担していた、菅沼忠久の同族の菅沼定盈から今川離反の誘いを受け、これを承諾します。

 

そうして、義父である鈴木重時にも今川離反の説得をします。

更に、近藤康用も加わる事となり、それによりこの3人が『井伊谷三人衆』と呼ばれる事となりました。

 

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小野政次との関係は?

 

小野政次との関係は

 

さて、気になるのは小野政次との関係です。

大河ドラマ『おんな城主直虎』では、小野政次と共に今川より目付として井伊家にやってきます。

 

ですが、大河ドラマではなく歴史上のお話では、小野政次と共に井伊家に戻ったという話はありません。

(脚本でのオリジナルストーリーでしょうね)

 

もちろん、井伊家に仕えていた時期もありますが、基本的には今川に忠誠心があった3人です。

ですので、高橋一生さん演じる小野政次と共に、直親亡き後、井伊家に目付としてやってくるという設定は、なかなか面白いと思います。

 

ただ、『井伊谷三人衆』と呼ばれる様になるのは、1568年に徳川軍へ寝返った頃です。

そして、徳川軍として遠州を攻めにやってきます。

 

さて、1568年頃は、直虎も直政(虎松)も井伊谷城から小野政次によって追い出されている頃で、その頃は井伊谷城も、小野政次が領主となっている時期です。

 

ですが、井伊家は徳川家康の支援を受け、井伊谷城を再び奪い取る事に成功します。

再び奪い取るという事は、小野政次を井伊谷城から追い出すという事です。

 

それによって、小野政次は命からがら逃げ出し、洞窟に隠れていたところを近藤康用に見つかり、連れ出されてしまいます。

 

そして、磔の刑(はりつけのけい)に処されるんです。

いや~・・・

なんだか高橋一生さんが、その役だとしたら、なんだか想像がつきません。

 

と言いますか、大河ドラマ『おんな城主直虎』では、やはり鶴と亀ととわ。。。この3人の絆は、心の奥にあり続けるものだと思ってしまうんですよね。

 

だから、本気で井伊谷城を手に入れようと、小野政次が考えるストーリーになる事が、なんだか納得出来ないなぁと私自信は思ってしまうので、また新たなストーリーを脚本家の森下佳子さんが考えてくれてるんじゃないかと思ってしまうんですよね~!

 

皆さんは、どう思われますか???